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鎌倉で生まれ、海を遊び場に育った阿部博が最初にサーフボードを手にしたのは、中学2年の時、友人が自作した木製のサーフボードでした。ペンキで防水加工したそのボードは、それでも30分もすると水が溜まり、水抜きのために湯タンポの栓が付けられていました。
翌年になると、阿部は自分でサーフボードを作り始めました。最初はまっすぐ行くだけでしたが、ふとしたきっかけで波の斜面を滑れるようになり、今度はどうしたらもっと自由に波の上で動けるようになるかを研究しながら、板に改良を加えました。木で骨組みを作り、その上にベニヤを張る。レールには角材を取り付けて、さまざまな形に削ることで、波の斜面をすべり落させるのではなく、駆け上がれる形状を探しました。 |
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木からウレタン・フォームへの素材の進化。ロングからショートへのレボリューション。シングルからツインフィン、そしてトライフィン。阿部博は、それらのすべてを「こういうもの」というセオリーとしてただ真似るのでなく、サーフボードの進化ひとつひとつを自らの手で経験しています。そして、そのことが、サーフボードに対する深い洞察を生み、既成の概念にとらわれない自由な発想のサーフボード作りを支えています。 |
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大学在学中に、当時の日本サーフボード・メーカーの最大手だった「テッド」で働きながらサーフボード作りを学んだ阿部は、その後地元鎌倉で仲間たちと「キティ・サーフボード」を立ち上げました。さらに、69年には、故・小川秀之氏と共に「ドロップアウト」をスタートさせ、以後35年にわたってヘッド・シェイパーとして多くのサーフボードを世に送り出してきました。そして、長年の経験の中で、「ディック・ブルーワー」「ベン・アイパ」「サーフボード・マカハ」「デューイ・ウェーバー」らビッグブランドのシェイパーとのコミュニケーションから刺激を受け、また、多くのプロ・サーファーに最先端のサーフボードを提供しています。 |
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