ロングボード専門店 『シーコング』 一流人気ブランドが日本一のラインナップ
 


 
   
Dewey Weber

 日本ではあまり知られていませんが、"デューイ・ウェーバー・サーフボード"はカリフォルニアはもとより、全米各地、世界各国でも、もっとも有名なブランドのひとつとして知られています。それはドナルド・タカヤマ、ナット・ヤングなどをはじめ多くのレジェンドたちがシェーパー、ライダーとして"デューイ・ウェーバー・サーフチーム"に在籍していたことからも伺えます。また、1993年に彼が亡くなった時には、当時のブッシュ大統領からも弔電が届き、CNNや4大ネットワークでも取り上げられ、さらに地元の有力紙、ロスアンゼルス・タイムスや、全国紙ワシントン・ポストには、サーファーの死を追悼するものとしては、これまでにない大きな扱いで、デューイの特集記事が掲載されたというもその死が大きく取り上げられました。

 
 そこで、当店では、より多くの皆様に"デューイ・ウェーバー"について知っていただかれるようにこのページを設けました。ぜひ、ご一読の上、ご来店いただき、そのすばらしいボードを堪能してみてください。



デューイ・ウェーバーの歴史

A LITTLE HISTORY OF THE LITTLE MAN
 伝説のサーファー、デューイ・ウェーバーは1950年代にその舞台に登場しました。彼は、鍛えられた筋肉に身をまとい、それ以前に人々が見たこともないような、トリッキーなサーフィンをし、ビーチにいる人たち、多くのサーファーたちを魅了しました。人々は親愛を込めて、デューイのことを「The Little Man On Wheels」と呼び、そして彼は「最初のホット・ドッガー」として認知されたのです。デューイの華麗で素早いフットワークと、激しいカットバック、スムースなノーズライディングは、その後のサーフィンにスタンダードのテクニックとして受け継がれていきました。

 デューイの金髪、鍛えぬかれた筋肉の固まりのような身体、そして派手な個性によって、サーフィンは世界的に認知されるレベルのスポーツになりました。そしてデューイは、今日のサーフボードの根本的なデザインを残したばかりでなく、サーフィン・カルチューのライフスタイルを確立したのです。

 デューイは当時のサーフィン業界の中に最初に誕生した「スター」でした。そして1960年代には、彼はサーファーであるばかりでなく、世界中でもっとも革新的であり、もっとも大きく、有名なサーフボードブランドのオーナーになりました。また、サーフボードのほかにも、スケートボードやサーフカジュアルを世間に広め、マーケットの基盤を広め、サーフィン業界の発展に寄与しました。
デューイは1960年代、「RED−COATS」身を包んだサーフチームを結成し、当時のカリフォルニアのビーチを席巻しました。

 1993年のデューイの死後も「DEWEY WEBER」はサーフ業界のリーダーシップ・ポジションにかわりなく、アメリカおよび全世界で特別なブランドとして君臨しています。

Stay Close to the Soul
 デューイ・ウェーバーのボードは、まさに人々の心の中にあるものと同様に、サーフィンの"魂"です。その1本1本のサーフボード自身に、伝説のサーファーでありシェーパーであるデューイ・ウェーバーの"魂"が宿っています。60年代からデューイ・ウェーバーのボードには、最高の材料と製造技術が利用されています。
 
デューイ・ウェーバー・サーフボードではハンド・シェープの磨きぬかれた最高の技術を維持するために、1年間に限られた数のボードのみを製造し皆様に最高のボードをお届けしております。



ロングボード・マガジン"NALU"紙上でも、広告以外の特集として何度もそのライフ・ストーリー、ボードの紹介か取り上げられていますので、ここに紹介させていただきます。


Surf'60s Style (ナルー別冊)
P4:スタイリストを手に持つデューイ・ウェーバー

P10:'65マカハでのコンテストに勢ぞろいした面々(左から4番目)


P57:米沢プラスティック物語

タック・カワハラはデューイ・ウェーバーのシェーパーだった

P74:著名なヴィンテージボード・コレクター、マーク・フラガーレとウェーバー・パフォーマー


P98:特集"サーフ・ブランド、二人の成功者"より、

60年代、多くのサーファーを魅了したウェーバー・パフォーマーはトータル1万本以上生産され多くのライダーを魅了した。

当時のチームライダーにはハロルド・イギー、ナット・ヤング、ジャッキー・バクスター、他などがいた。また、ドナルド・タカヤマもウェーバーのライダーであった。


パフォーマーにつけられるフィンは、"ターン・フィン(またはハチェット・フィン)"と呼ばれた独自のもので、ベースが細く、ボトムに行くに従って幅が広くなっていた。これは理論上ターンをたやすくするはずのものであった。



NALU No.6 1996
P84:特集"'60s ノーズ・フィーバー"より、
・・・・大会は多くの優れたボードを生んだが、特に成功したのが"ノーズライディング・デザイン"と呼ばれたノーズライド専用に開発されたボード達である。・・・・ウェーバーのボード・コンセプトの正しさも、結果的に第二世代のウェーバー・パフォーマー(現在のパフォーマー)において証明された。


NALU No.11 1998
P39:特集"メモラビリアクラブにようこそ!"より、
P50、このボードはクォリティの高い職人技のシェーピングに加え、魅力的なカラー、軽さ、そして斬新なデザインを持ち併せ、誰もがほしがった。

パフォーマーは安定感のあるノーズライディングがコンセプトになっている。


"パフォーマー"はトータル1万本以上が世に出され、サーフィン史上に残る傑作となった。


P129:特集"サーフィン映画のパイオニア、バド・ブラウンの誘い"より、

P132、写真上、「アクロバティックな波乗りを追及したデューイ・ウェーバー。マカハ。」


NALU No.14 1998
P123:特集"永遠なるデューイ(Gone but not forgotten)"より、
『デューイ・ウェーバーよ、世界でいちばん有名なサーファーじゃないの』

'93年1月6日。デューイの訃報は、CNNや4大ネットワークでも取り上げられ、さらに地元の有力紙、ロスアンゼルス・タイムスや、全国紙ワシントン・ポストには、サーファーの死を追悼するものとしては、これまでにない大きな扱いで、デューイの特集記事が掲載されたという。(カリフォルニア・サンクレメンテの本店には、ブッシュ当時大統領からの弔電が飾られています)



NALU No.19 2000
P113:特集"グラニス82歳、いまだカメラでストークの日々"より
P117、写真5、「グラニスにとって最高の被写体だったデューイ・ウェーバー。'66年にハーモサ・ビーチの22ストリートで撮影したこのショットは大のお気に入り」

P119、「デューイの波乗りはとてもダイナミックだった。そう、大きな車輪の上の小さな男といわれたデューイだ。彼が海にいる時は、必ずいいショットが押さえられるとわかっていた」



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